漂流記

私は太平洋上を漂流したことがあります。本当です。

乗っていた船は『さんふらわあ』。
行き先は、鹿児島志布志。

まさか、さんふらわあが漂流するなどとは、200人近くいた乗船客の、
ただの一人として予想だにしなかったでしょう。

事の発端は、私の個人的な趣味である登山旅行計画に始まりました。
そもそも、一番寒い時期に山登りをしようと言いはじめたのが、間違いだったのかもしれません(2月)。

しかし当時の私には、確かに山が呼んでいる声が聞こえていました。
私は行かねばならなかったのです。

私は2人の友人と大阪南港で合流し、
さんふらわあの雑魚寝部屋(2等客室)に、荷物を置きました。

私たちはフェリーに乗るとテンションがあがり、酒盛りをはじめました。
その酒盛りは、消灯時間を過ぎてもやむ事はありませんでした。

・・・事件は、そんな宴の最中に起こりました。

テレビを見ると、その日の太平洋は低気圧の関係で大荒れ。
壁にかかった絵が、壁から45度は傾くほどの大揺れです。
横揺れは船旅行には欠かせぬものですが、この時、

震度8以上はあろうかと思われる、激しい立て揺れがおこったのです。

友人1「何ナニ? 地震?」
私  「海の上で地震が起こるわけないじゃないですかっ」
友人2「エンジンが壊れたんとちゃう?」
全員 「いや~、まさかぁ。」

状況が把握できぬまま、何事がおこったのか
馬鹿馬鹿しい推測をして笑いあう事、小一時間。

本来、エンジン音以外はとても静かな船旅の深夜。
突如、その静寂を破る船内放送が鳴り響きました。

私たちは、聞き入りました。
しかし、なにやら回りくどい事を言っており、さっぱり要点をつかめません。
わかったのは放送最後の、この説明です。

「…エンジントラブルの為、エンジンを停止し、
 室戸岬沖にて、応急処置作業を行っています。…」

一瞬の沈黙の後、私達は顔を見合わせました。

エンジンがやっぱり壊れていた!!!!!!

この後の経過が一体どうなるか、めったに出来ぬ経験に興奮した不謹慎な
私たちは、またもや馬鹿馬鹿しい推測をして、盛り上がっていました。

そして、エンジン復旧作業を見ようと甲板に出ました。
廊下をぬけ、甲板への扉を開けると、
一歩も前に進めないほどの強風が吹いていました。

季節は極寒の2月、時刻は深夜過ぎ、自分の手も見えぬほどの暗闇、
正面から吹いてくる強すぎる風と雨、真っ黒な冷たい海、不気味に輝く白い波。

エンジンが治らねば、このまま太平洋を嵐に任せて漂うしかありません。
しかし、こんな状況でも私たちは興奮していました。

ところで、最初私たちは、今置かれている状況が「漂流」だとは気づきませんでした。
確かにエンジンが止まり、嵐の中を漂っている事実は漂流以外の何ものでもありませんが、

「筏で太平洋の荒波の上を漂うやせこけた髭面のおっさん」
というのが、一般的な漂流のイメージなので、気づかなかったのです。

それなのになぜ、気づいたのか。その理由は、衛星放送のテレビでした。

旅客船には、現在の航行地点が表示されるテレビがあり、
大まかな地図、到達時間、現在の移動速度などもわかるのです。

デッキからロビーに帰ってきて、そのテレビを見ると、現在地点は予定航路から、
とてもとても大きく東にずれていました。さらに驚くべき事に、



現在 漂流中

の文字がデジタル表示されていました。
なぜ、このような表示が用意されているのか。
漂流とはそんなにも頻繁に起こりうるのか、
それとも故意に表示し乗客をパニックに陥らせたいのか…。
一体、何の理由かわかりませんが、



現在 漂流中

などと言う文字を見た時には、さすがに驚きました。
しかし、私たちは本当に頭が悪く、



現在 漂流中

をネタに、さらに盛り上がっていました。

仕事などで、明日までに鹿児島に必ず到着せねばならぬ人から見れば、
できることなら通報したい集団であったに違いありません。
ですが、この状況において私たちができることなど何一つなく、
事の経過を、楽観的に見守るのが最良の策だと思っていました。

そしてかなりの時間がたち、2度目の館内放送が流れました。
私たちも話を止め、聞き入りました。

「…が、現在の応急処置作業です。
 低気圧の関係で、先に進む事も出来ず、さらに目的地のドッグには、
 修理できる設備がありませんので、このまま、



大阪に引き返します。」

この放送を聞いた時の、友人1の笑顔は忘れられません。

物凄いネタやで!! と、言う素晴らしい笑顔でした。

真夜中のすさまじい立て揺れ、エンジン停止、歩けないほどの風が吹く嵐、



現在 漂流中

の表示。そして、一週間は見る事はないと思っていた
大阪かもめ埠頭への帰港。

本当に、ネタ以外の何ものでもない旅の始まりでした。

ところで、故障したエンジンで、通常の半分以下の速度で大阪に引き返す
さんふらわあ船内は、とても退屈でした。
食事は無料になり、船室もワンランク上のものになりましたが、
失われた時間に比べれば、安いものです。

さすがに、げんなりした私たち。
旅はまだ始まったばかりだと言うのに、最初から疲れ果ててしまいました。

苦情処理担当がほとんどヤクザだったとか、丸2日以上船の中にいて
陸地に降りても、かなり長い事ふらふらしていたとか、
細かい事が色々ありましたが、結果、話のネタになったので
よい経験であった、と思っていました。

しかし、登山から帰ってきて何日も過ぎた頃。

さんふらわあの会社から、一通の封書が届きました。
何事かと思い、あけてみるとコピーのお詫び文と、

さんふらわあのテレフォンカード(50度数)

が入っていました。
私たちの失われた時間は、テレフォンカード一枚で償われるもののようです。
しかも私達の一行、3人で一枚です。

この時、あまりの仕打ちに愕然とした私の頭の中に、
やたら耳に残るさんふらわあのテーマ曲が流れました。

♪さんふらわぁ~さんふらわぁ~
 太陽に守られて~
 さんふらわぁ~さんふらわぁ~
 太陽に守られて 行こう~  (ホ~へ~)

最後に、私たちが漂流した室戸岬沖では
よく船が行方不明になっている、と聞いたことがあるような気がします。
室戸岬沖には、船を狂わす何かがあるのでしょうか。
かつて、私達が大笑いした海で人が亡くなる事がないよう祈ります。

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